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セリエAはイタリアの1898年に始まったトップリーグの名称です。

1928年まではトーナメント方式でしたが、それ以降はリーグ戦となり現在に至ります。

かつては世界中の名選手が集まり、世界最高峰のリーグとも呼ばれていました。
現在の海外組と称される日本人の海外移籍の流れを作った三浦知良選手や中田英寿選手の移籍もセリエAからでした。

日本人にもお馴染みのセリエAについてご説明しましょう。

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セリエAの仕組み

セリエA20チームによる2回戦総当たりのリーグ戦です

上位チームには割当に応じてチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグの出場権が与えられます。

下位の3チームは2部リーグであるセリエBへ降格となります。

さらにその下には3部であるセリエCが続く構造となっており、毎年昇降格で入れ替わりが起きています。

 

さらにイタリアはライセンスに厳しく、財政的な問題などを抱えていると一気に2クラス降格などもあり得ます。

過去にはこのルールで経営破綻したフィオレンティーナやパルマが1部であるセリエAから4部リーグまで一気に降格しています。

2006年に発覚したカルチョスキャンダルと呼ばれる審判買収事件では、ユベントスが順位に関係なくセリエBに降格となりました。

セリエAの特徴

イタリアのサッカーと言えば長くカテナチオと呼ばれる固い守備が特徴とされていました。

1-0での勝利に美学を感じる傾向があり、守備の名手が多く生まれ、それに対抗するような強力なFWが次々と登場しました。

現在では世界のサッカーの潮流もあり昔ほどの手堅いサッカーではなくなっていますが、FWが得点数を伸ばしにくいリーグではあります。
近年はユベントスが頭一つ抜け出た感じで、2011-12シーズンから7連覇中です。

その前にはインテルが5連覇を達成したり、長くACミランの黄金期があったりと世界的ビッグクラブがしのぎを削り、特に今名前を挙げた3チームはビッグ3とも呼ばれていました。
ここ数年はACミランの低迷が続き、この構図は崩れかけています。

その間にナポリとローマが直近5年では2位を分け合っていており、ユベントスの牙城を崩そうとしています。

スクデット

セリエAの優勝のことをスクデット獲得すると表現することがよくあります。

スクデットとはイタリア語で小さな盾を意味する言葉で、優勝したクラブは翌シーズンのユニフォームに盾型のエンブレムを縫い付ける権利を得ます。

ちなみに10回優勝するとステッラという金色の星も付けることが出来るようになります。
このエンブレムを付けることが許されているのは優勝回数34回のユベントスと、18回で並ぶACミランとインテルとなっており、ここでもビッグ3と呼ばれる由縁が窺えます。

セリエAと日本人

セリエAは日本人選手にとって海外への道を切り拓くきっかけとなったリーグです。

2002年の中村俊輔選手の移籍から2018年に長友佑都選手がインテルからトルコリーグに移籍するまで16年間常に誰かが所属していたという点でも日本にとっては思い入れのあるリーグです。

セリエAでプレーした日本人は多いですが、この中で巨大なインパクトを残した2人についてご紹介します。

三浦知良

日本人初のセリエA選手はキング・カズこと三浦知良選手です。

Jリーグ開幕から間もない1994年の夏、カズ選手は当時世界最高峰と言われていたセリエAに挑戦します。
この時 27歳。入団したのはジェノアというクラブでした。

開幕戦からスタメンを飾ったカズ選手ですが、その開幕戦で鼻を骨折。
その出遅れも響いたか、結局1年間の在籍でゴールは1でした。しかしその1点は同じ街のライバルチームとの大事な一戦でのゴールでした。
今だにイタリアでは当時のことを言われるそうで、さすがはキングです。

中田英寿

1998年カズ選手に次いでイタリアに渡ったのは当時若干  歳の中田英寿選手でした。

セリエAのシーズン開幕前に開催されたワールドカップで初出場の日本代表は3戦全敗を喫しますが、中田選手は実力を認められ移籍を果たしました。

移籍先のペルージャの開幕戦の相手は前シーズンの王者ユベントスでしたが、この試合に先発出場した中田選手は世界に衝撃を与えます。

試合には敗れたものの、存在感を発揮した中田選手はイタリアでナカタブームを呼びます。
ペルージャで結果を残した中田選手は名門チームも無視出来ない存在となりイタリアに渡った1年半後、同じセリエAの強豪ローマに移籍します。

ローマではイタリア代表であり、ローマの象徴的選手であるトッティ選手に劣らぬ活躍を見せ、ローマの18年振りのセリエA優勝に貢献します。
特に優勝争いの大一番となったユベントス戦でのミドルシュートは今でも語り草です。

中田英寿選手の大活躍はセリエAでの日本人の価値を高め、その後は名波浩選手や柳沢敦選手など当時の日本を代表する選手が次々と挑戦しました。
中田英寿選手が引退後の2010年には長友佑都選手がチェゼーナで評価を高め、名門インテルに移籍しました。

本田圭佑選手はロシアで活躍した後に名門ACミランに移籍して伝統の背番号10を背負いました。
セリエAは日本人選手にとってしっかりと足跡を残すことが出来ているリーグと言えます。

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セリアA まとめ

かつては世界最高のリーグと言われたセリエAも、現代では他国のリーグに押されています。
しかしユべントスがチャンピオンズリーグで準優勝をするなど、まだまだトップクラスのリーグであることは間違いありません。
カルチョの国の最高のサッカーを楽しんでみませんか?

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